【私の人生を心理学で振り返る⑨】「体の小さい子は無理」と言われた私 ― 初めて鳴ったトランペットが教えてくれたこと(自分の体験談より)
2026/10/01
小学校6年生の頃のことです。
PTAバザーで集まったお金をもとに、
学校が15台のトランペットを購入しました。
そして、運動会に向けて、
トランペット鼓隊が作られることになりました。
音楽が好きだった私は、その話を聞いて、
「僕もやってみたい」
と思いました。
ところが、担任の先生はこう言いました。
「肺活量がいるから、体の小さい子は無理だよ。」
当時の私は身長が低く、
朝礼ではいつも一番前でした。
その言葉を聞いて、
私はあきらめました。
結局、選ばれたのは、
身長の高い子や、
体つきのしっかりした子たちでした。
しかも、全員男子でした。
今振り返ると、
とても不思議に思います。
トランペットは、
体が小さいと吹けないわけではありません。
女子には向かない楽器でもありません。
実際、そんなことはまったくありませんでした。
大人の「思い込み」が、子どもの可能性を止めてしまうことがある
この出来事を今、
心理学の視点から振り返ると、
まず感じるのは、大人の側の思い込みの強さです。
「肺活量が必要だから、
大きい子の方が向いている」
「小さい子には無理」
「男子の方がよさそう」
先生方の中には、
そんな前提があったのでしょう。
人は、自分の中にある思い込みを、
あまり疑わずに判断してしまうことがあります。
心理学では、こうした見方を、
先入観や固定的な見方として考えることができます。
問題なのは、その判断が、
実際にやらせてみた結果ではなく、
やる前から可能性を決めてしまっていたことです。
私は、
「吹いてみたい」
と思っていました。
でも、その気持ちは、
試す前に閉ざされてしまいました。
「やってみたい」と思っていたのに、あきらめた
子どもにとって、
大人から言われる言葉はとても大きいものです。
「無理だよ」
と言われれば、
「そうなんだ」
と思ってしまいやすい。
特に先生のような立場の人から言われると、
その言葉は事実のように感じられます。
私も、そのときは反論しませんでした。
「そんなことない」とは言えませんでした。
ただ、あきらめました。
今振り返ると、このときの私は、
本当は悔しかったのだと思います。
やってみたい。
でも、やらせてもらえない。
その悔しさを表に出すこともなく、
私は気持ちを引っ込めました。
これまでの回でも書いてきたように、
私は人の目や周囲の空気を気にしやすい子どもでした。
だからこそ、先生にそう言われた時点で、
「自分はトランペット鼓隊入れないんだ」
と受け止めてしまったのかもしれません。
H君の家で、初めてトランペットを手にした
そんなある日、
クラスで仲のよかったH君の家に遊びに行きました。
H君は、クラスで一番身長が高く、
体もがっちりしていました。
まさに、先生たちが「向いている」と
考えたタイプの子だったのでしょう。
そのH君が、学校のトランペットを
家に持ち帰って、練習していました。
私は初めて、
間近でトランペットを見ました。
ギラギラと光っていて、
本当にかっこよかったのを覚えています。
するとH君が、
「吹いてみる?」
と言ってくれました。
私は、
「いいの?」
と思いながら、
教えてもらった通りに楽器を持ち、吹いてみました。
すると、一発で音が出たのです。
一発で音が出たとき、いちばん驚いたのは自分だった
H君は、とても驚いていました。
でも、それ以上に驚いていたのは、
私自身だったと思います。
なぜなら私は、担任から
「体の小さい子は無理だよ」
と言われていたからです。
その言葉を、
どこかで信じていたのです。
ところが、実際に吹いてみたら、音が出た。
その瞬間、
「できるじゃないか」
という感覚が生まれました。
心理学では、自己効力感という考え方があります。
「自分にもできそうだ」
「やればできるかもしれない」
という感覚です。
この自己効力感は、
実際に自分でやってみて成功したときに、
強く育ちやすいと言われています。
私にとって、「一発で音が出た」という体験は、
まさにそういう出来事でした。
それまで大人の言葉によって
閉ざされていた可能性が、
その瞬間に少し開いたのです。
思い込みは、子どもの自己イメージにも影響する
もしあの日、H君の家でトランペットを
吹かなかったら、私はずっと、
「自分には無理だったんだ」
と思い続けていたかもしれません。
実際には吹けたのに、
試さなかったことで、
「向いていない子」
という自己イメージを持ってしまうこともあります。
これはとても大きなことです。
子どもは、大人からどう見られるかによって、
「自分はこういう子なのかもしれない」
と考えることがあります。
できるかどうかは、
本当はやってみなければ分かりません。
でも、大人の思い込みや評価が先に入ると、
その子の自己イメージまで形作ってしまうことがあります。
だからこそ、
大人の言葉には慎重さが必要なのだと思います。
H君が伝えてくれたこと
翌日、H君は担任の先生に、
「高橋君が一発で音が出たんだ」
と話してくれました。
そして、
「高橋君もトランペット鼓隊に入れてあげてください」
と頼んでくれました。
これは、とてもありがたいことだったと思います。
友だちが、自分のことを認めてくれて、
代わりに声を上げてくれた。
子どもにとって、
こういう存在はとても大きいものです。
自分一人では言えなくても、
「この子はできるよ」
と伝えてくれる人がいる。
それだけで救われることがあります。
結局、もう15人が決まっていたため、
私はトランペット鼓隊には入れませんでした。
でも、この出来事は私の中に強く残りました。
悔しさが、次の決意につながった
鼓隊には入れなかった。
それは悔しかったです。
でも、その悔しさは、
ただ傷として残っただけではありませんでした。
私はそのとき、
「中学に入ったら、
絶対に吹奏楽部でトランペットをやろう」
と強く思いました。
これも大切なことだと思います。
人生の中には、
思い通りにならなかった経験があります。
理不尽なこともあります。
大人の勝手な判断で
道を閉ざされることもあります。
でも、その出来事が、
「それでもやってみたい」
という気持ちを強くすることもあります。
私にとって、
この出来事はまさにそうでした。
小学校ではかなわなかった。
だからこそ、
中学校では自分で選びたい。
この思いが、その後の吹奏楽部での
トランペットにつながっていきました。
子どもの可能性は、やらせてみないと分からない
今、教育や子どもの成長を
考える立場で振り返ると、改めて思います。
子どもの可能性は、
大人が先に決めるものではありません。
体が小さいから無理。
男の子だから、女の子だから。
向いていそう、向いていなさそう。
そうした見方は、とても危ういものです。
本当は、その子自身がやってみたときに、
初めて見えてくるものがあります。
得意かどうか。
好きかどうか。
続けたいかどうか。
その入口に立つチャンスを、
大人の思い込みで奪ってはいけないのだと思います。
今なら、あの頃の自分にこう言いたい
あのときの小学校6年生の自分に、
今ならこう言いたいです。
「吹いてみたいと思った気持ちは、本物だったね」
「先生に無理だと言われても、
本当は無理じゃなかったんだよ」
「一発で音が出たのは、
あなたの中に力があったからだよ」
そして、こうも伝えたいです。
「たとえそのとき選ばれなくても、
その悔しさが次につながることもあるんだよ」
あのときの思いがあったからこそ、
私は中学でトランペットを始めようと強く思えたのだと思います。
あなたの人生も、心理学の視点から振り返ることができます
私たちは今でも、
「自分には向いていない」
「どうせ無理だ」
「やってもだめかもしれない」
と思ってしまうことがあります。
でも、その考えは、
本当に自分自身のものなのでしょうか。
もしかしたら、昔誰かに言われた言葉が、
そのまま残っているのかもしれません。
子どもの頃、どんな言葉を受け取ったのか。
どんな可能性を止められたのか。
逆に、どんな小さな成功体験が自分を動かしたのか。
そうしたことを振り返っていくと、
「本当は自分にもできることがあったのかもしれない」
と見えてくることがあります。
私のカウンセリングでも、
ご自身の生い立ちから現在までを一緒に振り返りながら、
心理学や行動心理学などの視点を取り入れて、
今の人間関係や生きづらさとのつながりを整理していくことができます。
あなたの人生も、心理学の視点から振り返ってみませんか。
自分のこれまでを知ることは、
これからの自分を知ることにもつながります。
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