【私の人生を心理学で振り返る⑧・パート2】理由を聞いてほしかった ― 朝4時まで描いた絵と、聞いてもらえなかった理由(自分の体験談より)
2026/09/29
中学1年生のとき、
校内写生大会がありました。
一日の授業を使って、
校内やその周辺で絵を描く行事です。
私は音楽が好きでしたが、
絵を描くことも好きでした。
母も、絵や歌が得意な人でした。
後に兄は美術大学へ、
私は音楽大学へ進むことになります。
振り返ってみると、
芸術的なことが好きな家庭だったのだと思います。
その写生大会で、私は神社を描きました。
どうしても、古びた色が出せなかった
私が苦労したのは、
神社の古びた感じをどう表現するかでした。
新しい木のような色ではない。
長い年月、
雨や風にさらされてきたような色。
自分の頭の中には、
「こんな感じにしたい」
というイメージがありました。
ところが、
なかなかその色が作れません。
色を混ぜてみる。
塗ってみる。
「違うな」と思う。
また色を作る。
そんなことを繰り返しているうちに、
6校時が終わりました。
絵は完成しませんでした。
その日の課題は、
家に持ち帰って仕上げることになりました。
家に帰って、すぐに続きを描いた
私は家に帰ると、
すぐに絵の続きを始めました。
どうしても納得できる色にしたかったのです。
ところが、
家でもなかなか思うような色が出ません。
気がつけば夜になり、
さらに時間が過ぎ、
とうとう明け方の4時になっていました。
それでも完成しませんでした。
眠気に耐えられなくなり、
私はその場で眠ってしまいました。
そして、ハッと目が覚めたときには、
もう学校へ行く時間になっていました。
私は焦りました。
「完成していない」
前日の帰りの会で、
担任が言っていた言葉を思い出しました。
「全員、完成させて提出すること」
私は、
「どうしよう」
と思いました。
「ここに書けば、きっと分かってもらえる」
そこで私は、
画用紙の裏に自分の名前を書きました。
そして、その名前の横に、
「なかなか気に入った色が出せずに、
朝4時までやったのですが、完成しませんでした」
という内容を書き添えました。
名前のすぐ横です。
提出すれば、先生は必ず見る。
そう思いました。
「ここに書いておけば、きっと分かってくれる」
そんな気持ちだったのだと思います。
私は、何もしなかったわけではありません。
むしろ朝4時まで描いていました。
自分なりに、
理由をきちんと伝えようとしたのです。
1時間目、突然上から怒鳴られた
絵を提出したその日。
1時間目は体育でした。
私は校庭へ出ようとしていました。
すると突然、
2階にある職員室のベランダから担任の声がしました。
「なんで終わってないんだ!」
大きな声でした。
私は驚きました。
周りにはほかの生徒もいました。
先生は上から私に向かって怒鳴っています。
私は、
「名前の横にも書いたんですけど、朝4時までやって……」
と説明しようとしました。
でも、最後まで話すことはできませんでした。
先生は私の言葉を遮って、
「完成してないのは、お前だけだぞ!」
と、さらに強い声で言いました。
「また、理由を聞いてくれない」
その瞬間、
私の中にいろいろな思いが一気に出てきました。
「この人は何を言ってもダメなんだ」
「理由を聞こうともしない」
「朝4時までやったのに」
そして、もう一つ。
「またビンタされるのかな」
そう思いました。
少し前、
私は朝練が長引いて朝の会に遅れたときにも、
理由を説明する前に叱られ、ビンタされていました。
あのときも、
「部活が……」
と言いかけたところで、
最後まで話を聞いてもらえませんでした。
今回も同じでした。
理由を伝えようとする。
でも、最後まで聞いてもらえない。
前回の記憶が一気によみがえったのだと思います。
一度怖い経験をすると、「次も起きるかもしれない」と身構える
心理学では、一度強い恐怖を経験すると、
その後、似たような状況に出会ったときに、
「また同じことが起きるかもしれない」
と身構えることがあります。
今回の私は、先生の大きな声を聞いた瞬間、
「またビンタされるかもしれない」
と考えました。
実際にその場で
叩かれたわけではありません。
それでも、以前の経験があるため、
身体や心はすぐに危険を予測します。
これは、過去の経験をもとに自分を守ろうとする、
ごく自然な働きとして考えることができます。
先生の声。
怒った表情。
自分の説明を遮られること。
そうしたものが、
前回の怖い経験と結びついていたのでしょう。
人前で怒鳴られると、「内容」より「恥ずかしさ」が残ることがある
今回もう一つ大きかったのは、
みんながいるところで怒鳴られたことです。
「完成していないのは、お前だけだぞ」
この言葉には、
「みんなはできている」
「できていないのは自分だけ」
という比較も含まれています。
子どもにとって、
みんなの前で強く叱られることは、
単に注意を受ける以上の意味を持つことがあります。
「みんなに見られている」
「自分だけできなかった」
「恥ずかしい」
という気持ちが強くなるからです。
心理学では、
他者からどう評価されているかを強く意識することを、
社会的評価への不安として考えることがあります。
もともと人の目を気にしやすかった私にとって、
「お前だけだぞ」
という言葉は、かなり重かったのだと思います。
朝4時まで描いたことより、
「完成していない」という結果だけを見られた
今振り返って、
一番悲しかったのはここかもしれません。
私は朝4時まで描いていました。
適当にやったわけではありません。
むしろ、
「もっといい色にしたい」
と思って粘り続けていました。
今の私が当時の自分を見ると、
そこにはこだわりの強さや、
納得できるものを作りたいという気持ちもあったように思います。
心理学的には、
これは高い基準を持つことや、
完璧に近づけたい気持ちとも関係します。
その性質は、作品を丁寧に作る力にもなります。
一方で、
「納得できるまで終われない」
となると、自分を追い込みやすくなることもあります。
朝4時まで続けてしまった私には、
「中途半端なものを出したくない」
という思いもあったのかもしれません。
しかし先生が見たのは、
「完成していない」
という結果でした。
私がどれだけ時間をかけたか。
なぜ終わらなかったのか。
そこにどんな思いがあったのか。
それを説明する機会はありませんでした。
「何を言ってもダメなんだ」という学習
前回の朝練の出来事では、
「言っても、どうせ聞いてもらえない」
という気持ちが残りました。
そして今回も、
理由を伝えようとしても聞いてもらえなかった。
同じような経験が重なると、
「説明しても意味がない」
「言っても怒られる」
「黙っていた方がいい」
という考えが強くなることがあります。
心理学では、こうした経験が続くと、
自分が何をしても状況を変えられないという感覚につながる場合があります。
これは、学習性無力感に近い心の動きとして考えることもできます。
もちろん、
当時の私がそうだったと断定することはできません。
ただ、
「この人には何を言ってもダメなんだ」
と感じたことは、今でもよく覚えています。
これは、自分の言葉で状況を変えられるという
感覚が失われていく経験だったのかもしれません。
「理由を聞いてほしかった」という思いは、今回も同じだった
前回の朝練のときも、
今回の写生大会のときも、
私が求めていたのは、特別扱いではありませんでした。
「仕方ないね」
と言ってほしかったわけでもありません。
ただ、
「どうしたの?」
「なぜ終わらなかったの?」
と、最初に聞いてほしかった。
それだけだったのだと思います。
理由を話す。
相手が聞く。
そのうえで注意されるのであれば、
受け止め方も違ったでしょう。
でも、話す前に結論を決められる。
それが私には、とてもつらかったのです。
大人には「未完成」に見えても、子どもの中には過程がある
今、子どもを見る立場になって思うことがあります。
宿題が終わっていない。
提出物が出ていない。
遅刻した。
忘れ物をした。
大人から見ると、
結果だけが目につきます。
でも、その結果に至るまでには、
その子なりの過程があります。
一生懸命やったけれど、
できなかったのかもしれない。
分からなくて止まってしまったのかもしれない。
失敗するのが怖くて進めなかったのかもしれない。
誰かに助けを求められなかったのかもしれない。
私の場合は、
朝4時まで描いても、納得できる色が作れなかった。
そこに理由がありました。
結果を見る前に、
「何があったの?」
と聞く。
その一言には、
大きな意味があると今は思います。
今なら、あの頃の自分にこう言いたい
神社の絵を前にして、
朝4時まで色を作っていた中学1年生の自分。
私は今なら、こう言いたいです。
「よくそこまで描いたね」
「完成できなかったことより、
そこまで頑張ったことも大事だよ」
「ちゃんと理由を書いたんだね」
そして、
「あなたには、説明する権利があったんだよ」と。
当時の私は、
「もうこんな担任はイヤだ」
と思いました。
それは、単なる反抗心ではなかったのだと思います。
自分の気持ちや理由を受け止めてもらえないことへの、
心からの悲しさだったのでしょう。
あなたの人生も、心理学の視点から振り返ることができます
今、
「どうせ言っても分かってもらえない」
と思ってしまう。
相手が怒りそうだと、
自分の説明を途中で諦める。
人前で注意されることが必要以上に怖い。
一生懸命やっていても、
「できなかった自分」ばかり責めてしまう。
そんな心の動きにも、
過去の経験がつながっていることがあります。
いつからそう感じるようになったのか。
そのとき、何が起きていたのか。
自分は本当は何を伝えたかったのか。
人生を振り返っていくと、
「だから私は、言葉を飲み込むようになったのかもしれない」
と、自分を理解する手がかりが見えてくることがあります。
私のカウンセリングでも、
ご自身の生い立ちから現在までを一緒に振り返りながら、
心理学や行動心理学などの視点を取り入れて、
今の人間関係や生きづらさとのつながりを整理していくことができます。
あなたの人生も、心理学の視点から振り返ってみませんか。
自分のこれまでを知ることは、
これからの自分を知ることにもつながります。
※ご相談はこちらから
人間関係でお悩みの方
----------------------------------------------------------------------
オンライン・カウンセリング 《輝き》
住所:埼玉県鴻巣市南2丁目
電話番号:050-1720-1859
カウンセリングで人間関係を整理
カウンセリングとコーチング
教員向けのカウンセリング
仕事に向き合うカウンセリング
不登校に悩む方のカウンセリング
----------------------------------------------------------------------


