『放蕩無頼』という言葉から考えた――親の生き方は、子どもの心に何を残すのか(朝ドラをヒントに)
2026/10/02
昨日、NHKの朝ドラ『ブラッサム』を見ていて、
「放蕩無頼」という言葉が出てきた。
普段あまり耳にしない言葉なので、
気になって調べてみた。
「放蕩」とは、酒や遊びなどにふけり、生活を顧みないこと。
「無頼」とは、決まった生き方や社会の規範に縛られず、
素行も安定しないような様子を表す言葉である。
『ブラッサム』の主人公のモデルとなった作家・宇野千代の父親も、
かなり自由奔放な人物だったようだ。
宇野千代の実父・宇野俊次は、
岩国の酒造家の家に生まれながら定職に就かず、
遊興や賭博などにお金を使い、
家族には厳しく接していたことが伝えられている。
私は、この話を見ながら、
少し違うことを考えていた。
このような親のもとで育った子どもは、
どのように周囲を見るようになるのだろうか。
心理学では、
子どもは親から言葉だけを学ぶのではなく、
親の表情、行動、感情の変化、家の中の空気など、
さまざまなものから人との関わり方を学んでいく。
行動科学には「観察学習」という考え方がある。
人は、自分が直接経験したことだけで
行動を覚えるのではない。
周囲の人がどのように行動しているかを見ながら、
「こういうときには、こうするものなのだ」と学習していく。
子どもにとって、一番身近なモデルの一つが親である。
親が穏やかに人と関わる家庭で育てば、
穏やかな人間関係を目にする機会が増える。
一方で、親の感情が大きく変化したり、
いつ怒られるかわからなかったり、
家庭の中で安心できる時間が少なかったりすると、
子どもは周囲を細かく観察するようになることがある。
「今日は機嫌がいいかな」
「これを言ったら怒られるかな」
「今は話しかけても大丈夫かな」
そうやって、
人の表情や声の調子を敏感に読み取る力が身についていく。
これは、その環境の中で
自分を守るために身につけた力とも考えられる。
ところが、大人になって環境が変わっても、
その習慣が残ることがある。
相手の顔色が少し曇っただけで気になる。
誰かが不機嫌だと、
「自分が何かしたのでは」と考える。
自分の気持ちより、
相手の気持ちを優先する。
幼いころに必要だった行動が、
大人になってからも自動的に続いているのである。
もう一つ興味深いのは、
同じような家庭で育っても、
その後の人生は一人ひとり違うということである。
ある人は親と似た行動を選ぶ。
ある人は、
「自分はこういう生き方をしたくない」と
反対の生き方を選ぶ。
そして、自分の経験を仕事や表現、
生きる力へ変えていく人もいる。
宇野千代が実際に父親からどのような
心理的影響を受けたのかを、
後世の私たちが簡単に決めることはできない。
ただ、彼女がその後、作家となり、
自分の人生を自分の言葉で表現し続けたことはとても興味深い。
生涯で何度も環境を変え、
小説を書き、雑誌をつくり、
着物のデザインにも取り組んだ。
近年の資料でも、その98年の人生は
「逆境をバネに、自らの手で運命を切り拓いた」と紹介されている。
人は、育った環境だけで
人生が決まるわけではない。
私たちは成長する中で、
新しい人と出会い、
新しい経験をし、
自分なりの考え方を身につけていく。
そしてあるとき、
「なぜ私は、
人の顔色をこんなに気にするのだろう」
「なぜ私は、
いつも自分より相手を優先するのだろう」
と、自分の行動のパターンに気づくことがある。
その「気づき」が、
自分のこれからを選び直す第一歩になる。
昨日、朝ドラで耳にした
「放蕩無頼」という一つの言葉。
その言葉から、私は、
親がどんな人だったかということ以上に、
自分がその環境の中で何を感じ、
何を身につけてきたのかを知ることが大切なのだ
と改めて感じた。
過去を変えることはできない。
けれど、自分の心のクセに気づくことで、
これからの生き方は少しずつ選んでいくことができる。
朝ドラを見ながら、そんなことを考えた。
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